登川小学校 校歌   ( 3分23秒 )   
   
   登川小学校は、1913年(大正2年)10月に開校した「私立三井尋常小学校」を緒とします。
    その後1927年(昭和2年)3月に「公立登川尋常小学校」になり、1986年(昭和61年)3月に
     紅葉小学校との統合により閉校となるまで、73年に亘って子供たちを育んできました。 もしも
      現在も学校が続いていれば、再来年(2013年)には開校100周年を迎えるはずでした。 なお
       校歌は昭和29年に制定されたものだそうです。

   資料によりますと、昭和3年11月1日制定の校章は、「外部は北国の雪を象徴、清純潔白な
    心を表す。  その内側に木々に囲まれた緑を配し、若々しく将来の展望を意味する。 
     さらに内側は石炭の町の黒ダイヤを置き、中心に学校の頭文字『登』を金色で表し、理想をめざす。」
      となっています。

   校舎やグラウンドは下の白黒写真でも判るとおり、道路や線路より一段高い場所にありました。
    校舎とその東側(下の写真では右側)にあった「花園社宅」までが同じ高さで、一段下がった所に
     映画館や炭鉱病院、さらに東に行くと再び一段上がって北炭の合宿がありました。 また校舎から
      西(写真では左)方向の更に高い所には登川神社がありました。 ( 2011年7月11日のブログ
       航空写真に位置を書き加えたものがあります。)

   実は私の母は小学生時代の大半を登川小学校で過ごしています。 6年生の2学期の終わりで
    真谷地小学校に転校しているので卒業生名簿には載っていないのですが、ほぼ卒業生といって
     いいくらいです。  また同時期に伯母が登川小で教師をしていました。 終戦を挟んだ時期のこと
      ですから、年齢的にはちょうど今NHKで放映中の朝の連続ドラマ「おひさま」の主人公が伯母と、
       その教え子たちが母と同じくらいになるはずです。

   当時は登川小学校でも、軍事教練で木刀やら薙刀やらを練習させられたそうで、「 そういえば
    勉強はあまりしてないわね。」と言っていました。  私にはドラマの中の話ですが、母たちには
     紛れもない現実だったということですね。


   さて、編曲のリクエストをいただいた昭和31年ご卒業の方の思い出をご紹介します。

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   私は昭和22年に樺太(現サハリン)から楓の祖母の家に引き揚げて来て、小学校3年までは楓小 4年から
   登川小に転校し、昭和31年に卒業しました。  楓小の1クラスから2クラスの登川小ですから、大きな小学校
   に転校したと子供心にそう感じたものでした。  登川小の校庭はそう大きくなかったのですが、当時は野球の
   まねごとをして遊びましたが、もちろん 皮のグローブなどなく、よくてズックのものか素手で、バットも棒のような
   もの、ボールも布を巻い て 丸くしたようなものでした。  それにもまして四方の山や町のほぼ中央を流れる
   シークルキ川など豊かな自然が遊び場でした。  登校する児童は大きく分類すると登川1区、二区、楓三区で、
   楓四区、楓市街は楓小でしたが、地域 的 にはほぼ繋がっていたので、学芸会などは楓小から見学に来て
   いました。 
     このたび、昭和61年に72年の歴史の幕を閉じた母校の閉校記念誌を見る機会を得ました。  大正2年に
   三井尋常小学校から始まり、昭和61年閉校まで最高でも昭和34年の662名で昭和40年位までは400名台
   から500名台で大きな増減のない学校でしたが、それ以降石炭不況、閉山などで減少が続き閉校時はわずか
   66名、6学級になりました。  私立登川坑尋常小学校(三井)681名、補修科114名、登川尋常小学校1223名、
   夕張市立登川小 3898名と、多くの児童が学びました。  このたび、これまでなかった登川小の記念碑を皆さん
   のお力を借りして建立することになり、開校98年 閉校26年目になる8月6日に完成除幕式を行うことになりました。
   校歌はすっかり忘れていましたが、二番が特に良い詞だと改めて感じました。

     シークルキ川のせせらぎに
       父祖の労苦を偲びつつ
       心を磨き 身を鍛え 歴史も薫る 学舎は
        わが 登川小学校

   8月には各地から卒業生が集まる予定です。 「わたしたちが育ったこの町を忘れない」、この気持ちを
   共有できる故郷での時間を今から心待ちにしています。

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  実は、この文章を書いている今日は2011年8月6日。 上の文で卒業生の方が書かれている
   登川小記念碑の除幕式が終わったその日の夜です。 天候にも恵まれ、各地から集まった方々が
    見守る中、式典は無事に終了しました。 登川小学校の記念碑は、登川中学校の記念碑と並んで
     これからもかつてこの地に集った子供たちがいたことを、静かに語り続けることでしょう。

                                                 
  (2011年8月6日 記)


               
               
仲よく並ぶ中学校と小学校の記念碑。 場所は国道274号線沿い、旧中学校の向い付近。


              
                            
かつての登川小学校とその周辺      


   


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