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2010年 6月


 2010年 6月27日 (日)
後ろのデスクトップと比べるとコンパクトさ加減が
伝わるでしょうか。

 【 増殖するツール 】
 ノートPCを買いました。 それもサブノートと呼ばれるB5サイズの小さなものです。

 いま話題の「iPad」も考えないではなかったのですが、現在使っている「iPod-touch」のキーボード
 が非常に使いにくく、また肝心の画面も直射日光の当たる場所ではほとんど用をなさないので、結局
 は一般的なノートにしました。 私がMacユーザーなら、違和感が少なかったかもしれませんが。

 さて次の悩みはどこのメーカーにしようかなのですが、このご時勢、せめて国産メーカー(例え海外
 工場での組立でも)のものにしようと思いまして、選んだのはEPSON。 CPUが僅かながら速いのと、
 160GBが多いこのクラスのHDDが250GBあること、そして一番はキータッチがいいこと(私にはこれが
 とても重要)が決め手になりました。 二日かかってセットアップしましたが、使い勝手は上々で、
 使用頻度がそんなに高くないことを考えれば十分実用的です。

 それにしても、今やこのクラスのPCの実売価格は3万円台。 10年前の上級デスクトップの性能
 でこの価格ですから、PCは新しいほどいい、というのが今でも実感できます。 私自身は特にPC
 が好きだとは思っていないのですが、これでわが家には4台のPCがあることになります。 今後も
 きっと・・・減らないだろうなあ・・・。



 2010年 6月24日 (木)
 【 またまた「はたらくくるま」 】
 何日か前のこと、自宅の電話線が妙に垂れ下がっているのに気がつきました。 どうも電話線を支え
 るワイヤーの端が外壁側の留め金から外れてしまったようです。 今のところ電話もインターネット
 も問題なく使えていますが、強風や落雪のことを考えると放置しておくわけにもいきません。

 電話会社に連絡したところ、翌日には修理の方が来てくれました。 てっきりバンにでも乗ってきて
 梯子をかけて直すんだろう、と思っていたら、やって来たのは写真のような本格的な高所作業車。
 ワイヤーの端の輪を壁側に引っかけるだけの作業にしては、えらく大工事に見えてしまいます。 

 何度も書きましたが、私はこの手の「はたらくくるま」が大好きでして、その点では全く幼児傾向が
 抜けないといいますか、子供の頃からついつい見入ってしまいます。

 高所作業車は、籠とブームの操作はもちろん、エンジンの始動停止も全部作業者の手元でできるので
 自在に籠を操って位置決めするとエンジンを止めてしまうんですね。 確かにこれなら梯子をかけて
 作業するより安全だし、壁を傷つける心配もないので確実な方法なのかもしれません。  ちなみに
 こんな大掛かりな工事になっちゃって一体いくら請求が来るんだろうと思っていたら、無料でした。

 でもこういうのを見ていて、つい「俺にもやらせろ」と思っちゃう癖は・・・一生治らんだろうな。



 2010年 6月21日 (月)
 【 HP開設3周年 】
 おかげさまでこのHPは今日、開設3周年を迎えました。 このようなマイナーなHPをご覧頂いて
 いる皆さん、校歌のリクエストや励ましのお便りを下さった方々、本当にありがとうございます。

 現在アクセスカウンターは31000台後半ですので、マイナーとはいえ平均年間1万人強のかたに
 ご覧頂いていることになります。 考えようによってはコンサートを開くより遥かに多くの人に見て
 頂いているとも言えますから、インターネットはほんとに凄いもんです。

 この日記の設置も含め、今の状態をどこまで維持できるか判りませんが、できるだけ長く続けたいと
 思っておりますので、今後もどうかよろしくお願いします。



 2010年 6月19日 (土)
 【 ついに小学校閉校式 】
 とうとう夕張市の現存各小学校の閉校式の日程が公表されました。
 平成22年10月17日(日)午前10:00から、「夕張市文化スポーツセンター」(若菜2番地)
 で全校の合同閉校式を、同日午後(滝の上小のみ10月23日午前)から各校ごとに「惜別の会」が
 開かれるようです。 詳細は夕張市公式HPにPDFファイルで公開されていますのでご覧ください。

 今年度末で「ゆうばり小学校(校舎は現清水沢小を使用)」ただ1校に統合されることは、もちろん
 とうに知っていますが、改めて閉校式の日程が発表されると、やはり寂寥の念を禁じ得ません。 
 たぶん多くのみなさんも同じ気持ちだと思います。 これで清水沢以外の地区から、平日の日中には
 子供たちの声が全く消えてしまうのかと想像すると、何ともいえない気分です。

 現在、夕張小学校と若菜中央小学校の校歌の編曲を並行して進めています。 特に使途が決まってい
 るわけではありませんが、10月17日までには全小学校の校歌を編曲する予定です。 音楽を創る
 という作業には、普通もう少しノリといいますか高揚感が伴うものですが、正直なんだか気が滅入り
 ます。 せめて曲調だけは明るくと心がけていますので、いつかお聴きいただければと思います。
 


 2010年 6月18日 (金)
 
モエレ沼公園のガラスのピラミッド内にある
レストラン「L'enfant qui reve 」 
 【 知られざる産物? 】
 昨夜TVを点けましたら、東京のレストランのメニューで「夕張産仔羊の背肉のロティ」というのが
 映りました。 私は夕張で食肉用の羊を育てているなんて知りませんでしたが、皆さんはご存知でし
 たか? 東京の一流レストランで使うくらいですから、質の高いものだと思うのですが・・。
 まだ知られていない特産品があるのかと、ちょっと期待しました。

 後で落ち着いて考えれば、もしかしたら「夕張市」産じゃなく「夕張郡」産なのかも知れませんね。
 夕張産には違いないですし、本州の人にとっては大差がないでしょうから。 どちらにしろちょっと
 気になる一件です。



 2010年 6月17日 (木)
 【 統計ってそんなもの 】
 毎日(新聞社の毎日新聞ではありませんよ)新聞で「道内の交通事故死者数」を見ています。
 北海道内の死亡者数は昨日現在までで71人。 前年同日までは70人でしたから、ほぼ同数です。

 実は今年の初めは事故死の数が前年に比べ非常に多くて、新聞では異常だ、非常事態だ、とずいぶん
 大きく書きたてていたものです。 でも冷静に見れば、特に今年になって事故が増加する理由は何も
 ありません。 サイコロの特定の目が出る確率は1/6ですが、回数を振っているうちには、例えば
 1ばかり連続することもあるわけで、事故件数の増減も同じように統計学的にいえば偏差のうちでは
 ないかと思っていました。 私にしてみれば今の死者数は「ほらやっぱり同じくらいに・・」という
 思いでしか見られません。

 それに思い出してみれば、比較している昨年の前半は記録的に交通事故死が少なく、新聞ではこの
 まま推移すれば年間200人を大きく下回る、などと書いていたはずです。  その時期の数字と
 比較すれば今年の前半が悪く感じるのは当たりまえ。 その昨年だって年の後半には急激に死者が
 増え、結局一年が終わってみれば218人(一昨年は228人)で、暫減傾向とはいえ喜べる数字
 ではなかったはず。 確率・統計ってそんなもの、ということですよね。

 私はマスコミのこういうセンセーショナリズムが大嫌いです。 ひたすら問題をあげつらい、予断
 を持って(言い換えれば先に自分たちでストーリーを決めて)報道する。 いや、もう報道という
 ものですらないと思いますが、受け手である私たちは相当慎重にならないとだめ、ってことになる
 のでしょうね。 

 現代は新聞・テレビに加えてインターネットも普及し、情報はあふれるほど手に入る時代になりま
 したが、逆に自分の手にした情報が本当に正しいのか、何を誰を信じたらいいのか、ますます判ら
 なくなってしまった。 喜ぶべきか悲しむべきか・・・・複雑な気分です。



 2010年 6月13日 (日)
 【 今年もやります。 】
 私は関係者でもなんでもないのですが、「夕張メロンオーケストラ2010コンサート」が今年も開催さ
 れます。 詳しくはこちらをご覧ください。

 日時は7月19日(月曜:「海の日」)、場所は昨年までの市民会館に代わり、ホテルMtレースイ
 になるようです。 例年通り入場は無料です。

 昨年はドボルザークの「新世界」でしたが、今年はベートーベンの交響曲第7番。 第1楽章の中盤
 はTV「のだめカンタービレ」のオープニングで使われていたので、旋律を覚えておいでの人も多い
 でしょう。 私が生まれて初めて生で聴いた交響曲も、夕張の市民会館で聴いたこの曲でした。
 「のだめ~」では使われませんでしたが、7番は第2楽章の「Allegretto」もいいんですよ。

 ホテルの前には改装した夕張駅や屋台村なども出来ていますので、しばらく夕張に行っていないぞと
 いう方、季節もいい頃なので、この機会にぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。



 2010年 6月9日 (水)
 【 CDのご紹介 】
 北高時代からの親友の弟さんが、今度ソロのCDを出すことになりました。 ご本人もやはり北高卒
 で、長いことオーケストラでオーボエ奏者として活躍してきたあと、数年前にフリーになり、現在は
 クラシックだけでなく幅広いジャンルで活動をしています。 

 「ALWAYS~三丁目の夕日」などの映画音楽、「ちりとてちん」や現在放映中の「ゲゲゲの女房」など
 テレビドラマの音楽、さだまさしさんなどのコンサートのバックなどにも参加しているので、おそら
 く皆さんも意識しないうちに一度や二度は彼の演奏を聴いているんじゃないでしょうか。

 正式には6月24日発売だそうですが、プロデュースした音楽事務所のほうからなら、すでに購入が
 可能のようです。 詳細はこちらの通りです。 ネットの「Amazon」からも予約購入できます。

 ご本人は「聴かなくていいから買って。」と言っているそうですが、ぜひ皆さん買って聴いてあげて
 くださいませ。



 2010年 6月8日 (火)
 【 続・白黒ではない解決を。 】
 6月3日のこの欄で、夕張医療センターが救急患者の受け入れを断った件に触れました。
 まだ今現在は北海道新聞の記事をネットで読めるようですが(記事の閲覧期間は2週間のはず。)、
 これら各社の報道及び夕張市の対応について、村上先生ご自身が「夕張希望の杜メールマガジン」の
 6月7日臨時号の中で意見を書かれています。

 これについて論評する気もありませんしそんな立場にもおりませんが、村上先生が夕張のために真剣
 に医療再生に取り組んでおいでだということは伝わって来ると思います。

 ただ、マスコミの報道姿勢に対してはともかく、それでもなお、夕張市と喧嘩腰にだけはならないで、
 と願わずにはいられません。 マスコミが伝えていない言い分は双方とも同じ量だけあるように思え
 てならないからです。 どちらかが白でどちらかが黒、ではない解決がなされることを、心から希望
 したいと思います。



 2010年 6月6日 (日)
もの凄い森林に見えますが
実は家の近所の防風林の中。
ここは何だかほっとします。
 【 法事 】
 今日は父方の祖父の法事です。 国鉄に勤務していた祖父は、元々夕張生まれですが、胆振のほうに
 長く勤務した後ようやく夕張に戻って最後は登川駅の駅長で退職したそうです。 私が生まれたのは
 祖父が退職したずっと後ですから、私は祖父の仕事をしている姿は知りませんが、父が夕張の家から
 引っ越すまでは、まるで映画「鉄道員(ぽっぽや)」の中で高倉健さんが着ていたような制服や帽子
 などが取ってありました。 残念ながら引越した時に処分したそうですが。

 私は祖父にとって初めての「男の孫」だったそうで、ようやく誕生した「跡取り」に祖父はほとんど
 狂喜乱舞の状態だったらしく、それまで厚遇されてきた私の従姉妹たちは一気に侍女に格下げされ、
 私を寝かせたゆりかご代わりの籐の洗濯かごを下に麺棒を入れて揺すらされたり、団扇でそっと煽げ
 と言われたり散々だったようで、そのことを私は今でも従姉妹たちにからかわれます。その文句なら
 あの世の祖父に言ってくれぇ・・・。

 祖父が亡くなって49年。 今私の手元には皮製のえらく年代物の祖父のトランクがひとつあります。
 果たしてあの頃祖父が期待したほど立派な跡取りになったかどうかは相当に怪しいもんですが、まだ
 開拓者そのものだった祖父たちのスピリットを、あのトランク1個分だけでも引き継げたらなあ、と
 不肖の孫は思うのであります。



 2010年 6月3日 (木)
 【 白黒ではない解決を。 】
 メディアが夕張医療センター(夕張市立診療所)が救急患者の受け入れを断ったと報じました。

 北海道新聞の記事ではこのように報じられてます。(記事の公開期間は限られていますので、早めに
 ご覧ください。) このほかHBCなどのニュースでも報道されましたから、ご覧になった方も多い
 でしょう。

 この問題は大変難しい話だと思いますし、私なんぞが軽々に意見をいうつもりもありません。

 ただ思うのは、マスコミが伝えるだけをもって判断をしないほうがいいんじゃないかということです。
 経験を積んだ医師である村上先生が、医療行為の優先順位を判断するに至った具体的な患者の状態や
 救急隊員が容態を医師にどう伝えたかというあたりは記事では全く不明ですし、藤倉市長があのよう
 な発言をするに至った経緯も、相当あるように思えるからです。 この程度の表面的な記事で世間の
 論調が決まっていくことのほうが、よほど怖いと思います。

 最後に一言だけ言わせていただければ。この問題、どちらが白でどちらが黒という話じゃないんじゃ
 ないでしょうか。 先生も市長も間違いなく真剣にそれぞれの立場で努力されてるかたですよね。
 お願いだから、ケンカだけはしないでくださいね・・・。



 2010年 6月1日 (火)
本文とは関係ありませんが
わが家の庭先から一枚。
 【 青空にサイレン 】
 今日から6月。 北海道の一年で一番いい季節になりました。

 数年前の今頃の時季、洞爺湖(温泉街の対岸のほう)に行った時に、青空の下のんびり湖面を眺めて
 いたら、いきなりサイレンが鳴り響いてとても驚いたことがあります。 時計を見ると丁度12時。
 そうだよ、夕張に住んでいた頃も12時の合図はサイレンだったんだよ、とひどく懐かしい気持ちに
 なりました。

 ご存知の通り、サイレン(siren)はギリシャ神話に登場する海神の娘Seirenesに由来し、その歌声で
 船人を暗礁に引き寄せ餌食にする怪物ですから、本来もの凄く暗く怖いはずですが、私の中のサイレン
 のイメージは青空に鳴り響く感じでとても明るい。 なにせサイレンといえば小さい頃外で遊んでいる
 時に、家に帰ってお昼を食べるための合図でしたから。 今の小学生なら携帯電話まで持っていますが
 私達は腕時計も持ってない、というか持つことを想像すらしなかった時代ですから、正午のサイレンは
 貴重な時報だったんです。

 真谷地の祖父の家に行くと、細長い谷の離れた数か所で同時にサイレンが鳴るため、音の到着の時間差
 が生じてサイレンが輪唱のように聞こえた(サイレンごとに微妙にピッチ=音の高さも違ってた)こと
 も思い出されます。 

 今住んでいるところでサイレンといえば、緊急用車両のそれでしかありません。 
 初夏の青空に響くサイレンの音がひどく懐かしく感じられる、都会の6月であります。




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音風景・夕張

ユーパロ谷 気まぐれ日記