音風景・夕張 日記TOP





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2021年04月


 2021年05月04日(火)  

  
 
 物置の壁に積まれた薪や風呂場の煙突、その下の壁
 に横向きに架けられた梯子が時代を感じさせる。
 玄関脇には金属製の国旗の掲揚ホルダがあって
 祝日には日の丸が掲げられていた。そういえば
 「旗日」という単語も今はほとんど死語だなあ。
【 Google の旅 ③ 】
前回の井戸の話、私の小さい頃のアルバムに一枚くらい
 モノが写り込んでいないかと探してみたのですが。

 ありました。 しかもまさに歳時記的にみる今、端午の
 節句の前ごろの写真です。 2枚の写真はどちらも撮影
 年がはっきりしませんが、左が1958年か59年の春
 、右が2012年か13年、従って2枚の写真の間には
 55年ほどの年月が流れていることになります。
 
 初めての男の孫の誕生に狂喜乱舞したという私の祖父が
 「とにかく一番大きいやつ」と言って本町の「おかむら
 百貨店」で買ってきた鯉のぼりは、6畳間の対角線より
 ずっと長かった記憶があります。 あ、念のため書き添
 えますが、祖父が喜び期待したその孫が私であります。
 おじいちゃん、ごめんね、期待されたほどの人間に成長
 できなくて・・・。

 構図としては前回の写真と180度逆向きに写した写真
 で、新しい写真の左端に「防火水そう」の標識が見えま
 すが、古い写真の同じ場所にはコンクリート製の井戸が
 あるのは私の記憶通りです。この井戸は確か前回の東京
 オリンピックの数年あとまで残っていた気がしますが、
 樹木の高さといい、半世紀の時間はやはり長いですね。

 Googleのストリート・ビューのデータは、表通り沿いは
 頻繁に更新されますが、裏通りまではそうそう更新でき
 ません。 新しい写真に写っている我が家も、老朽化の
 ため2014年に取り壊し、今は更地となっています。
 夕張のあちこちがそうですが、今は記憶の中だけに残る
 景色、みなさんの中にもありますよね。




 2021年05月01日(土)  

 文字がすっかり褪色しているけれど
 何とか「防火水そう」の文字が読める。
 標識と電柱でちょうど鬼首山の頂上が
 隠れてしまっているのが残念。
【 Google の旅 ② 】
このシリーズ第2回は我が家の前から。 ちょうど鬼首山の頂上を
 隠している写真中央の丸い標識は、かなり褪色しているけど何とか
 「防火水そう」の文字が読み取れると思います。

 標識の下には四角い鋼製の蓋が見えますが、私の小さい頃、ここに
 は井戸がありました。 もう半世紀以上も前の話です。 ちなみに
 左端に写る家の場所には鶏小屋がありまして、卵の殻などが散乱し
 ていたため有機物やリンが大量にあったのでしょう、真夏の夕刻、
 うす暗くなり始めた頃に、鶏小屋の棟を越して向こうに飛んでゆく
 人魂(青白い燐光)を見たことがあります。

 我が家は最後まで水道がなく、井戸水を使っていました。 さすが
 にポンプは私が小学生の頃に電動になっていましたから、蛇口をひ
 ねれば水は出ましたが、水質は自慢できるほど良くて、今でいえば
 ミネラルウォーター並みのおいしい水でした。
 
 不思議なのは、私の記憶にある限り、我が家の周りに6か所あった
 はずの井戸のうち、おいしい透明な水が湧き出たのは我が家とこの
 防火水そうの場所にあった井戸だけだったこと。 あとはみな鉄分
 混じりの真っ赤な水が出てくるのでした。 国道沿いの旧郵便局の
 あったあたりは元は4~5mほどの高さの土手で、その上に数棟の
 鉄道官舎が建っていて、ここに井戸がありました。この井戸がまた
 水質が良かったんですが、我が家とこの井戸を結ぶ直線状にきれいな
 水の湧く井戸が並んでいたので、地下にはきっとここに水脈があった
 のかなあと思ったりします。

 今では井戸が消えたのはもちろん、周辺の地形ごと変わっているので
 この話が通用するのは60歳以上・・・写真一枚でもずいぶん色々な
 ことを思い出せるものですね。