音風景・夕張 日記TOP




2020年8月


 2020年08月25日(火)  
 

【 公園めぐり 】
コロナ感染症は一向に収束の気配もなく、一日2度の検温
 や外出時のマスク着用・頻繁な手洗いを続けながら、毎日
 を過ごしております。

 千代田中学校の校歌の編曲も進んでいまして、だいぶ形を
 なしてきました。 一度は編曲しているので曲そのものは
 覚えていますし、作業も進めやすいようです。

 日常生活では、やはり人の多いところは敬遠しています。
 家内のほうの墓参に行った帰りに某「道の駅」に立寄って
 みましたが、予想以上の人出でそのまま帰ってきました。

 コロナ感染症の拡大がこの程度で済んでいるのは町の人々
 の注意と努力の結果です。 逆に見れば感染症に対しこれ
 だけ無策な政府も珍しい・・・。 特に8月に入ってから
 なんてホントに何もしてないし。あげく29日からマスク
 と消毒液の転売禁止解除って何? ずっと禁止じゃあ何が
 ダメなの? 意味わかんないですよね。

 そんな中、安全な気分転換のお出掛け先ということで平日
 に近隣の公園を探訪しています。 園内を徒歩で歩くのは
 大変という広さの公園もあちこちあります。 昨日訪れた
 写真の公園も自転車を使ってちょうどいいくらいで、併設
 されたパークゴルフ場の周辺以外は人影もなく、マスクを
 しなくても感染の心配はなさそうな場所でした。

 まだまだ季節は外で過ごしたくなる頃合いです。 病気に
 感染しないよう気をつけながら、時々は良い空気を吸って
 気分転換を図りたいと思います。
 



 2020年08月15日(土)  

 被弾し炎上する第三青函丸。 このあと沈没した。
 1945年7月14日、米軍機による撮影である。

【 父の終戦 】
今日は終戦の日です。 75年前の今日は全国的に快晴だったそうです。

 父はこの日を仙台で迎えました。 旧制高校の学生寮に住んでいたそうで
 すが、以前「人生で1日だけ記憶に残る日を挙げれば?」という私の問に
 「やはり終戦の日だな」と答えていたので、強烈な印象の日であることは
 間違いなさそうです。

 その父が先日メディアで流れた「戦時中に撃沈された青函連絡船の船体が
 海底から発見された」というニュースを見て甦った記憶があるそうです。

 終戦の少し前、父の学生寮の先輩が父を訪ねて来たそうです。 その方は
 すでに旧制高校を卒業し帝大の医学部へ進学していたのですが、ご実家が
 道南の八雲町で、自分はこれから北海道に帰省するので父も一緒に帰らな
 いかと誘われたそうです。

 仙台は昭和20年7月10日未明、テニアンから飛来した123機のB-29
 から投下された1万発を超す焼夷弾によって既に焦土と化していました。
 父の学生寮は市の中心部から少し離れた高台にあり、被害は免れました。
 最初は防空壕に退避していたけれど、自分達の周辺は標的となっていない
 ことが判ってからは、恐る恐る壕から出てきて、市内が炎に包まれていく
 のを呆然と眺めていたそうです。

 先輩が父を訪ねて来たのはその空襲の直後です。 恐らくこのまま仙台に
 いるよりは、北海道に帰った方が安全じゃないかと考え、仲の良かった父
 を心配して誘いに来てくれたんじゃなかったのでしょうか。

 父も帰るつもりで仙台駅まで行ったものの、北海道行の切符は当時は一日
 数枚しか売っていない状況で買うことはできませんでした。 そこで先輩
 には「すまないが自分は行けないので先輩一人で帰ってください」と話し
 て別れたそうです。 今調べてみるとこれが7月13日の出来事だったと
 思われます。

 明けて7月14日早朝。 当時12隻が運用中だった青函連絡船は、一斉
 に米軍の艦載機による攻撃を受けました。 爆撃と雷撃で全ての船が撃沈
 あるいは航行不能になり多くの乗員乗客が犠牲になりました。かろうじて
 海に飛び込んだ人々も米軍機による機銃掃射で命を落としたそうです。

 父の先輩も帰らぬ人になりました。 どの船に乗っていたか判りませんし
 そもそも亡くなったことを知ったのも終戦後だそうです。 もしあのとき
 仙台駅で北海道行きの切符が買えていたら、父はいまこの世にいなかった
 でしょうし、当然私も存在しなかったことになります。  まさにこれが
 運命の分かれ目だったわけです。

 戦争という極限状態は、選択によって生死が別れるような分岐点を日常的
 に量産してしまうということを実感する父の記憶。 私自身もそんな目に
 遭うのは御免ですし、それ以上に私たちの子供に父と同じ思いは絶対にさ
 せたくないなと改めて思う終戦の日でありました。




 2020年08月08日(土)


 
  
  簡易式の風速計。 精度は劣るが
  手軽に風速を測れる。
 
【 天気の振れ幅 】
今年の夏はいまひとつ「らしくない」といいますか、真っ青な空と強烈な日差し・・と
 いう日がなく、ビニールが古くなった温室の中にいるような妙にこもった、すっきりし
 ない暑さの日が多い気がします。

 そうかと思えば道北は強烈な風雨に晒され、ひと月ぶんの雨が数時間で降るなど何だか
 最近の気候は振れ幅が大きすぎます。「数十年に一度」という異常気象がこれだけ各地
 で立て続けに発生すると、「ぜんぜん数十年に一度じゃないじゃん」とつい言いたくな
 りますが、雨も風も経験したことのないレベルで襲ってくるようです。 日本のどこに
 住んでいても、地震も風水害も「明日は我が身」ですから、私たちも備えだけは万全に
 整えておかなくてはなりませんね。

 道北が暴風雨に見舞われていた頃、私の家の近所でもかなりの強風が吹き荒れました。
 私は計測器が大好きで、一年ほど前に風速計を買ってありましたが、それによれば最大
 風速は10.3m/s。 時速に換算すれば約37km/hですから、街中を走っている自動車
 の屋根の上にいるような風速です。 体感してみるとかなりの風圧を感じます。

 小さい頃の記憶を辿ると、夕張で暮らしていた頃、あまり風にまつわる記憶というのは
 ありません。 周囲の山々が衝立になっていたのか、夏などは無風に近い日が多かった
 ように思います。 改めて地図を眺めると今の住まいは海岸線まで直線で数キロという
 立地なので、無風ということはほとんどありません。 山の気候と海の気候、毎日暮ら
 していると、正直私は山の方がいいんですけどね。

 家の周囲は平地で川も遠いですから土砂崩れや洪水は想像しにくいですが、凪と地震は
 かなり心配です。 振れ幅の大きくなった気象条件に見合った備えを具体的に準備して
 おかなくては、と思ったりしています。




 2020年08月03日(月)
【 これでも緊急事態ではないのか?? 】
もう話題にしたくもないけれど、新型コロナウイルス感染症はまったく収束する気配を見せません。それどころか先月
 中旬から感染者の増加が加速し、厚生労働省発表の数値から単純計算すると、昨日0時から今日の0時までの24時間
 の新規感染者は2000人近くにまで達しています。 グラフにすると不安しか感じません。

 道内も今日は新規感染者が23人(うち札幌は21人)と危険な状態に。 政府は未だに「緊急事態宣言を出す状況に
 ない」と言い続けていますが、多くの医療関係者がこれに異を唱えているように、明確な対応策を実行しなければいけ
 ない状況に思えます。 何か対策を講じても実際に効果が表れるのに7日~20日かかることを考えればタイミングと
 しては待ったなしじゃないのですか。 こういう時こそリーダーシップを発揮してほしいのですけれど、政府のトップ
 は何をしているのかな、この頃さっぱり姿を見ないけど。 ついでにGoToキャンペーンは予算1.3兆円とも1.7兆円
 とも報じられているけれど、同じお金を費やすならワクチンの国内開発のほうでしょ。ワクチンさえ完成すれば感染症
 問題そのものが解消するんですから。 ことが自分の生命に関わるだけに政治不信もここに極まれりという感じです。






 2020年08月01日(土)



 
 
 
着地数秒前のATR42。 高翼・T字尾翼・6翔プロペラが特徴。
 これは函館空港から飛んできた便。 高翼機は翼が下方の視界
 を遮らないので地上の景色がよく見えて、私は好きである。
【 写真は撮れたけど 】
今日から8月。 コロナが再び感染者数を増や
 しているのは何とも不気味ですが、季節はそん
 なことはお構いなしに先へ進んでいきます。

 そんな中ずっと自粛していた丘珠空港の新型機
 の写真撮影に出かけてきました。 元々ここは
 人出の多い場所ではないですし、風を遮るもの
 もない屋外ですから、飛沫感染が起こる環境で
 はありません。冷静に見れば例え緊急事態宣言
 下であっても感染リスクは低かったはずです。

 ただ、世間みんなが感染症に神経質になってい
 るなか、無理に出かけるほどのものでもありま
 せん。 不要不急には違いないので控えていた
 わけです。

 狙いは近々引退する「SAAB340B」と、代わって
 この春から道内の空を飛び始めた「ATR42」。
 どちらも丘珠と函館や釧路・利尻などを結ぶ便
 で使われている小型の旅客機です。

 とはいえ良い写真を撮ろうと思うと、色々条件
 があります。 まず離陸と着陸だと急激に高度
 を上げていく離陸より、ずっと手前から低速・
 低高度で近づいてくる着陸のほうが撮影はしや
 すいんです。 これに順光逆光を加えて考える
 と北側(石狩湾側)から滑走路に進入してくる
 場合がシャッターチャンスとなります。 そう
 なると風向は南西かそれに近い、もしくは無風
 の日ということに・・・離着陸は基本的に向い
 風で行いますからね。

 さらに背景はやっぱり青空が・・・なんて虫の
 良いことを考えていると、撮影条件はどんどん
 増えてしまいます。 そうそう好適な日は訪れ
 るもんじゃありません。

 とどめに私は動いているモノを撮るのは全く苦
 手なので、かなり広めに構図をとって連写し、
 運よく撮れた写真から、更に必要部分だけ切り
 取って使うという、何とも邪道なカメラマンで
 す。 もはや完全に運任せ、「下手な鉄砲も数
 撃ちゃ当たる」方式ですね。

 で、やっと撮れたのが右の写真。250枚以上
 撮影してやっと撮れた1枚です。 それでも右
 翼端が切れてしまっているのは、ご愛敬という
 ことで。 本人はおおむね満足しています。

 飛行機の何が気に入っているのか考えてみたの
 ですが、明かに空気より重い金属の塊を強引に
 空中に浮揚させるあのパワー感と緊張感、とい
 うことになるのかなあ。 シンフォニーのff
 の部分みたいな。 まあ趣味というのは、たい
 てい周囲に理解されないものですからね・・。