音風景・夕張 日記TOP




2021年04月


 2021年04月29日(木)  

 骨格は航空機用アルミで重さは15kg強
 昔はこれで洞爺湖の中島に渡ってたなあ
【 出かけはしないけど 】
すっかり更新をさぼってしまいましたが、元気にはしております。
 新型コロナ感染症は東京・大阪などに3回目の緊急事態宣言が発令
 されました。 北海道も再び感染者が増加しており予断を許さない
 状況になっています。 何度も書きますが、決定的な治療薬が確立
 されておらず、予防薬接種もほとんど済んでいない今の状況で感染
 が収まることはありません。「全国民の7割がワクチンを接種する
 までずっと緊急事態宣言です。」というのが現実。 政府は経済と
 のバランスがあるし、「なぜワクチンを早く打てないのか」という
 方向に世論を持っていきたくないので、ずっと緊急事態宣言です、
 とは口が裂けても言えないでしょうが。

 そんなわけで今日から始まったGWも、我が家は全く出かける予定
 がありません。 しばらくは外食も中止、近くの人のいない公園に
 でも出かけるのがせいぜいだと思います。

 出かけはしませんが、天気がいいのにずっと譜面だけ書いていると
 さすがに煮詰まってくるので、今日の午前中は天気も良さそうだし
 20年ほど前に買ったものの最近は物置に眠りっぱなしのカヤック
 を家の前で組立ててみました。 組立て式ですが、もう何年も組み
 立てていないのでコツをすっかり忘れていて、エライ時間をかけて
 やっと完成しました。 確か前は20分台で組んでいたはずですが
 2時間!以上もかかって・・・遊びも「慣れ」は必要だな。




 2021年04月18日(日)  





 

 地図の方位は写真に合わせてある。
 この舗装路も昔は締った砂地の細い道だった。
【 Google の旅 ① 】
最近コロナのせいで「オンライン何とか」や「バーチャル何とか」
 がやたら増えました。 何しろ外出し人に会えば、会う回数と時間
 に正比例して感染のリスクが増すわけでから、仕方ないですね。

 この前も書きましたが、私も昨年一年間は全く夕張に行きませんで
 した。 まかり間違って都会からウイルスを持ち込むことになるの
 だけは避けたかったからですが、生まれてから夕張に一年間一度も
 行かなかったことはないので、やはり残念ではあります。

 そこでその最近はやりのバーチャルというやつを私も試してみよう
 と思いまして、手っ取り早い所で「Google-Earth」のストリート・
 ビューを利用して夕張のあちこちを訪ねてみました。 改めて見る
 とこれが色々な発見がありまして面白かったので、それを少し書い
 てみたいと思います。

 まずは地元の沼の沢からですが、もともとは炭鉱が無かった沼の沢
 とはいえ人口減少はどんどん進んでいて、今や私の住んでいた頃の
 三分の一ほどになっています。 わが家も数年前に取り壊し、今は
 更地になっていますが、ストリート・ビューで見ても櫛の歯が抜け
 たように更地が目立ちます。 車庫だけが妙に増えた気がしますが
 統計的にもそうなんでしょうかねえ。

 今回いちばん残念だったのは右の地図の場所。写真はバス通りから
 小学校の角(以前は皆川薬局のあった場所)から入って来て神社の
 鳥居の前を少し過ぎた辺りでそのまま進行方向を写したものです。
 上の地図のように道路は右にカーブしていて、地図では右カーブの
 始まりのあたりに分岐があって、それが×印で途切れていることに
 なっています。 地図では判りませんが、この分岐する道は急激に
 下っていき、昔は地図の右上に見える道に繋がっていたのです。

 ところが写真で見ると、その分岐していたはずの下り坂が、途中で
 途切れているどころか最初から全くありません。ストリートビュー
 で詳細に見ても、ガードロープに全く切れ目はなく、分岐する道路
 そのものが消滅しているように見えます。

 実は私が住んでいた頃とは道の印象が全く違っていて、神社の前を
 過ぎると道はそのまま直進で坂を下っていき、右にカーブするほう
 が脇道で道幅も狭かったんです。 主従関係がすっかり逆転してし
 まいました。

 なぜ私がこの坂道に拘るかというと、19世紀の最後の数年辺りに
 沼の沢に入植した私の曽祖父が初めて開墾した場所が、この坂道を
 下った左手一帯だったからです。 向陽中学校の崖下から神社の下
 を過ぎて先までは、120年前は広大な沼地で、「沼の沢」という
 地名もそこから来ている、と聞いたことがあります。

 数年かけてやっと造成した水田は、しかし夕張川の氾濫で全て流さ
 れてしまい、曽祖父はペンケ川を水源とする一段高い場所に水田を
 移すことになります。 私が生まれた頃は曽祖父が最初に開墾した
 神社の下一帯は、すでに売却して人手に渡っていたのですが、元は
 父親の土地だという意識が抜けない祖父は、孫の私の端午の節句の
 ために花菖蒲(元が湿地ですからたくさん生えていたらしい)など
 を無断で取ってきては、祖母をハラハラさせたそうです。

 地図にはありませんが坂道の途中には左へ行く道があって、奥に家
 もありました。 その道の土手は南東向きで近所では一番早く雪が
 消える場所で、春になって半年ぶりに見る茶色の地面は、雪景色に
 慣れた子供の私の目を毎年シバシバさせたものでした。 たくさん
 顔を出していたふきのとうは今でも生えているのかなあ。

 たかが道一本、なのですが、思い出というのは字数にするとこんな
 にあるものなんですね。

 万物流転、時とともに世の中は変わっていきますが、自分の記憶の
 中だけには、故郷の風景を残しておきたいと心から思っています。




 2021年04月06日(火)  

 画面奥が由仁方向、右は長沼スキー場
【 絶滅危惧種 】
時の流れとともに以前は普通に目にしていたものが、いつの間にか
 消えてしまっていることがあります。 もちろん消えてしまうには
 相応の理由があるのですが、多くの場合は人知れず数が減っていく
 もののようです。 町の銭湯なんかはその典型で、私の家から徒歩
 圏内にあった二軒の銭湯も姿を消しました。

 そんな例で、最近知った全国的に数が急激に減っているものの一つ
 が「単眼式信号機」なんだそうです。

 昔は田舎道にはけっこう設置されていたような気がしますが、今は
 新設されることはまずないそうです。 私たちの世代は確か教習所
 でも「黄色の点滅は徐行(注意して進め)、赤の点滅は一旦停止」
 と、見方を習った記憶がありますが、最近は意味を理解していない
 ドライバーも多く、単眼式信号機が老朽化した場合は通常の信号機
 に交換するか、一時停止等の標識にしてしまうそうです。

 私の記憶にある限り、単眼式信号機が設置されている場所を明確に
 言えるのは、由仁町から町の北側のゴルフ場の脇を抜けて長沼町に
 抜ける道道694号線。 由仁から峠を抜けきって長沼スキー場の
 北側あたりに達したあたりにありました。 写真のように道道上が
 黄色の点滅、直交路上が赤の点滅です。

 Google-Earthで確認したら、ストリートビューにはまだ写っていま
 すが、もう何年も前の画像ですからね。 今も残っているかどうか
 は不明です。 ご興味があるかたは確かめてみてくださいませ。




 2021年04月01日(木)  

 オレンジのマークの住所が「りすた」の場所
 夕張高校までは、細い赤枠の旧南清水沢駅より
 少し近くなったかもしれない。
【 春が来ても続く自粛 】
道路わきの雪もあらかた消え、昨日は近所用に使っている軽自動車
 のタイヤも交換しました。 私の記憶にある限り、まだ3月のうち
 に我が家の車のタイヤを夏用に替えたことはありません。 それだ
 けこの冬が少雪で、同時にこの先も暖かい日が続きそうだというこ
 とになります。

 季節は確実に春になりましたが、新型コロナ感染症の方は全く収束
 の気配がない、どころか再び拡大の兆候すら示しています。

 冷静に考えれば、肝心のワクチンの接種は未だ治療の最前線にいる
 医療関係者に対してすら終わっておらず、あとはひたすら「自粛」
 と「個人の感染対策」を呼びかけているだけなのですから、感染者
 が減るわけもありません。前も書きましたが「予防薬」「治療薬」
 の両輪が揃わない限り、全員が感染するまで伝染病の収束はないに
 決まっています。

 あとは感染速度を遅くするだけですが、もし感染対策レベルが同じ
 なら感染速度は接触回数に正比例しますから、言うまでもなく一番
 いいのはひたすら誰にも会わず家でじっとしていることです。

 もちろん、実際には買い物だって仕事だってあるわけで、後は程度
 の問題になりますが、個人的には少なくとも国民の7割以上がワク
 チンを接種するまでは、国や自治体が外出を推奨するような政策を
 打ち出すことには反対です。 経済対策というなら他に方法がない
 わけではありませんし、今はワクチンを早く安定的に接種すること
 に予算を集中すべきです。結局、感染症を早く収束させることこそ
 最大の経済対策ですよ。

 夕張にも昨年は一度も足を向けていません。 昨春南清水沢に開業
 した「りすた」も見てないし、沼の沢の「おーやま」のカツカレー
 も最後に食べておきたかった・・・。 移動が自家用車で、誰にも
 会わなければ大丈夫だとは思うのですが、万が一にもウイルスを持
 ち込んだりすると大変、ここは我慢の春ということにしましょう。